沿革

1950年(3月)~1956年
1950年 3月 三宅 寿, 徳島大学徳島医科大学教授(放射線科学)就任
放射線科に大阪レントゲン製蓄電器放電式X線撮影装置, シリウス号(1000mA)を新設
4月 徳島大学徳島医科大学 放射線医学講座に改称
1951年 4月 徳島大学医学部医学科設置
6月 診療エックス線技師法が公布
7月 放射線科に後藤風雲堂の回転横断断層X線撮影装置が設置
1952年 7月 三宅 寿, 百瀬達夫, 尾池喜代司, 「実験的肺ヂストマ症のX線解剖学的研究」を日本医学放射線学会雑誌に発表
10月 片山利貞, 助教授(放射線科)就任
1953年 4月 院内措置として中央放射線部設置。三宅 寿, 中央放射線部長併任
8月 院内措置として中央放射線部設置。三宅 寿, 中央放射線部長併任
1954年 4月 三宅 寿, 徳島大学医学部教授(放射線医学)に配置換
10月 百瀬達夫, 助教授(放射線医学)就任
1956年 4月 三宅 寿教授, 日本医学放射線学会にて, 宿題報告「ビニール鋳型による肺紋理の研究」をテープレコーダにより報告し, 翌2日徳大病院で逝去
秋田(西岡)清春, 大阪大学より徳島大学助教授(放射線医学)として赴任
1956年 5月 中央放射線部にコバルト照射装置(東芝RT-101)設置